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福井地方裁判所 平成9年(ワ)235号 判決 1999年3月24日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告は原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する平成九年九月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告福井県警察(以下「警察」と略すことがある。)の警察官らが、原告を覚せい剤取締法違反の罪で逮捕するために違法なおとり捜査を実施したとして、原告が、被告に対し、国家賠償法一条に基づき、慰謝料及び右おとり捜査がなければ支出しなかったであろう交通費(高速道路の通行料金一万円及びガソリン代四二〇〇円)として一〇〇万円の損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実及び弁論の全趣旨により認められる事実

1 平成九年四月二八日、福井県警察金津警察署は、福井簡易裁判所から原告が同月一二日ころ、福井県坂井郡金津町瓜生二四号八番地ホテル大蔵一一号室において、覚せい剤若干量を所持したという覚せい剤取締法違反を被疑事実とする原告の逮捕状の発布を受けた。そして、同年五月二日、原告は右被疑事実について全国に指名手配された。

2 同月一六日午後九時ころ、福井市内のパチンコ店「自遊時館」駐車場(以下「本件現場」という。)において、福井県警察三国警察署及び金津警察署の警察官数名が、原告を逮捕するための張込み捜査をした(以下「本件捜査」という。)。

3 原告は、同時刻ころ本件現場に来たが、右警察官の張込みに気付き、本件現場から自動車で逃走したため、逮捕されるには至らなかった。

4 その後、原告は、同月一九日、大阪府警察住之江警察署に道路交通法違反(無免許運転)の現行犯の容疑で逮捕され、同月二一日、金津警察署に身柄を移され、前記覚せい剤取締法違反により逮捕されたが、同年六月一日不起訴処分となった。

二  争点

1 本件捜査は違法なおとり捜査か否か

(原告の主張)

本件捜査は、三国警察署長辻孝夫警視(以下「辻警視」という。)、同署伊藤某警部補及び乙山春夫(以下「乙山」という。)が意思を通じた上、乙山が原告に対し覚せい剤の購入方を申し込み、原告を平成九年五月一六日午後九時に本件現場に呼び出し、あらかじめ本件現場に張り込ませた三国警察署及び金津警察署の警察官に原告を覚せい剤取締法違反の容疑で逮捕させようとした違法なおとり捜査である。

その根拠は、次のとおりである。

(一) 平成九年四月二八日に発布された原告の逮捕状の覚せい剤取締法違反(所持)の被疑事実は、到底原告を公訴提起に持ち込むことができないほど嫌疑が極めて不十分なものであった。

(二) 右逮捕状は金津警察署が請求したものであったにもかかわらず、本件捜査の現場捜査指揮は管轄外の三国警察署の辻警視であった。

(三) 原告に対しては、県警本部を加えた共同捜査がひかれていたのに、本件捜査には県警本部の捜査員が参加しなかった。

(四) 原告は本件捜査の際、本件現場をゆっくりと離れたのに、張り込みをしていた警察官らは原告を追尾して逮捕しようとしなかった。

(五) 福井県警察は、本件捜査後、原告を逮捕するための検問を実施しなかった。

(六) 乙山は、いわゆる福井女子中学生殺人事件において、同事件当日被告人丙川松夫の着衣に血痕が付いていた旨の虚偽の証言をしたことについて、当時右事件を担当していた辻警視から、見返りを受けていた。

すなわち、金津警察署本多則男巡査部長(以下「本多巡査部長」という。)は、乙山が、福井女子中学生殺人事件において偽証した見返りとして辻警視から捜査ないし訴追上便宜を受けていることを示唆する発言をし、実際にも、乙山は姫路少年刑務所を出所した後、福井県内で少女を死亡させるなどのひき逃げ事件二件を起こしたにもかかわらず、刑事処分を受けていない。また、乙山の兄が経営する「丁原ガレージ」は丁原テクノポートにおいてゼロヨンレースを開催しているところ、これに対して付近住民から多くの苦情が出ているにもかかわらず、辻警視が三国警察署長に就任した後は、取締りが行われていない。

(被告の主張)

原告に対しては平成九年四月二八日に覚せい剤取締法違反(所持)を被疑事実とする逮捕状が発布されており、本件捜査は右逮捕状に基づいて原告を逮捕するために行った張込み捜査であるから、おとり捜査には当たらない。

原告が違法なおとり捜査の根拠としてあげる事由については、(一)不起訴としたのは、逮捕後に原告の全面自供を受けた上での処分であり、(二)本件現場において張込みにあたった捜査員は、金津警察署の本多巡査部長ほか三名と三国警察署の伊藤昭儀警部補ほか一名の計六名で、その現場捜査指揮官は右伊藤警部補であるが、捜査指揮官は、通例どおり現場の最高階級者が選定されており、(三)県警捜査員の現場の参加の有無は、事案ごとに判断されるもので通例などなく、(四)逃亡後の捜査如何も、原告の無謀激走による二次犯罪(衝突事故等)の誘発を回避するため等、捜査上の総合判断の結果であって、不自然な点はない。

2 損害

(原告の主張)

原告は本件捜査によって逮捕されていないものの、違法なおとり捜査によって逮捕されるような状況に置かれたことによる精神的損害が生じた。また、違法なおとり捜査がなければ原告は大阪から福井まで来ることはなかったのであるから、原告は交通費(往復の高速道路料金一万円及びガソリン代四二〇〇円)相当の損害も受けている。これら損害の合計額は一〇〇万円を下らない。

(被告の主張)

原告は本件捜査によって逮捕されていないから、損害は発生していない。

第三  争点に対する判断

一  本件捜査は違法なおとり捜査か(争点1)について

1 原告は、その本人尋問において、(一)<1>平成九年五月一六日の三、四日前ころ、大阪にいたところ、乙山から電話があり、覚せい剤を三〇万円分用意してくれないかと頼まれたが、当時は覚せい剤の使用を絶っていたことから、一度は断った。しかし、乙山から何度も頼まれたため、覚せい剤の密売人の戊田という男に依頼して覚せい剤を用意した。<2>同月一六日、戊田と共に大阪から福井に向かい、午後九時ころ、覚せい剤を持っている戊田を近くに待機させ、自動車で本件現場に向かい、不審な車両がないかを確認した上で、乙山に電話すると、乙山は既に本件現場に着いていると言うので、乙山の指示する方向へ向かったところ、右斜め前方に、両サイドドアを開け、ルームランプを点けた白色の自動車が駐車しているのに気づき、乙山の車と分かった。<3>ところが、右自動車には乙山が乗っておらず、不思議に思い周囲をうかがったところ、頭をぴょこんと下げた者が二人いたので、警察車両だと分かり、おとり捜査だということが分かった。<4>そこで、自分の自動車の向きを変え、本件現場から立ち去ろうとしたところ、自分の自動車のヘッドライトが右警察車両の車を照らした際に、右車両の側乗者が起き上がって、自分の自動車のナンバーを控えていた。<5>本件現場から出ようとした際、さほど速度を出していなかったにもかかわらず、もう一台他の自動車が寄ってくる様子を見せたほかは、追尾してくる車両はなかった。<6>その後福井市内を転々としたが、検問は一切行われていなかった。(二)逮捕された後、本多巡査部長から、本件捜査は、原告を逮捕するため、三国警察署が乙山と意を通じた上、原告に覚せい剤を所持させようとし、また、これが失敗した場合にそなえて、原告に対する逮捕状を持っている金津警察署に応援を依頼して実施した捜査であった旨聞いた。(三)乙山は、いわゆる福井女子中学生殺人事件において、被告人丙川松夫が血の付いた服を着ていた旨の証言をしたことを種に、自分が捕まったら右証言を撤回すると言って警察を脅している旨乙山本人から聞いていた、また、辻警視は、以前右事件に携わっていたなどと供述する。

2 右原告本人の供述のうち、本件捜査の具体的状況に関する供述は、要するに、原告が、乙山との覚せい剤の取引のために乙山の指示にしたがって本件現場に赴いたところ、本件現場に警察車両らしき自動車が駐車していたということのほかは、本件現場から出ようとした際、さほど速度を出していなかったにもかかわらず追尾してくる車両はなかったこと、その後福井市内を転々としたが、検問が一切行われていなかったことのみである。しかし、警察車両が本件現場にいたことについては、前記のとおり、原告に対しては、本件捜査に先立つ平成九年四月二八日の覚せい剤所持を被疑事実とする逮捕状が発布さていたのであるから、警察が右逮捕状に基づいて原告を逮捕するために本件現場で張込み捜査を実施したとしても何ら不自然、不合理ではなく、右の事実をもって、乙山が警察と意思を通じた上原告を逮捕するために覚せい剤の取引を持ちかけたと認めることはできない。また、警察が原告の自動車を追尾しなかったことや、検問を実施しなかったことも、本件捜査がおとり捜査であったと解さなければ説明できないものではなく、逮捕状に基づいて逮捕するための張込み捜査であったとしても十分説明可能であり、何ら不自然な点は認められないから、これをもって本件捜査がおとり捜査であったということはできない。

また、原告本人は、逮捕された後、本多巡査部長から、本件捜査がおとり捜査であったと聞いた旨供述するが、それ自体不自然である上、右供述を裏付ける証拠も全く存在しないから、右供述を信用することはできない。さらに、原告本人は、乙山は、福井女子中学生殺人事件において警察に有利な証言をしたことを種に、自分が捕まったら右証言を撤回すると警察を脅している旨、乙山本人から聞いていた旨供述するが、右は、警察が乙山に便宜をはかることの理由にはなりうるとしても、乙山が警察のためにおとり捜査に協力することの理由にはならないというべきである。

その他、原告は、前記のとおり、逮捕状は金津警察署が請求したものであるにもかかわらず、本件捜査の現場捜査指揮が管轄外の三国警察署の辻警視であったこと、原告に対しては県警本部を加えた共同捜査が置かれていたのに、本件捜査には県警本部の捜査員が参加していなかったことは不自然であるなどと主張している。しかし、これらも、本件捜査がおとり捜査であったと解さなければ説明できないものではなく、逮捕状に基づき原告を逮捕するための張込み捜査における行動としても十分説明可能であるというべきであるから、これをもって本件捜査がおとり捜査であったということもできない。

そして、他に原告の主張を裏付ける証拠はない。

3 以上のとおり、本件捜査は、適法に発布された逮捕状に基づき原告を逮捕するために実施された張込み捜査であったとみるのが自然であり、原告の主張するような違法なおとり捜査ということはできない。

なお、原告は、本件捜査が違法なおとり捜査であることを立証趣旨として原告が申請し、裁判所が採用した警察官の証人新川等及び同本多則男につき、監督官庁である被告代表者は、民事訴訟法一九一条二項の要件がないのに同条一項に定める証人尋問に対する承諾をしなかったから、当事者尋問において不出頭等の効果を規定した同法二〇八条が類推適用され、当該尋問事項に関する申請者の主張すなわち原告の本件捜査は違法なおとり捜査であるとの主張を真実と認めるべきである旨主張する。

しかし、民事訴訟法一九一条二項の要件の判断権は監督官庁にあり、裁判所はその当否を判断し得ないものであるから、原告の主張はそもそもの前提を欠くものである。また、同法二〇八条は、自由心証主義の例外を定めた規定である。したがって、その解釈、適用に当たっては限定的に解するのが相当であり、証人尋問の場面に類推適用される余地はないといわざるを得ない。原告の主張は、独自の見解であって、採用できない。

二  したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

(口頭弁論終結日 平成一一年二月一七日)

(裁判長裁判官 岩田嘉彦 裁判官 岸本一男 裁判官 岩崎邦生)

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